死んだ虫の巻老人とりんご

虫がころりと転がっていました。
いつもいつも飛んでる虫です。
毎日毎日ぶんぶんぶんぶん
飛んでいるやつです。
昨日、おととい、一週間前。
どれも違うのだと、老人ははっきりと気が付きました。
それから老人はりんごをよく見るようになりました。

じっと観察していると、りんごが違うことに気が付きました。
何日かすると、りんごが、別のりんごに変わってしまうのです。
りんごたちは、形も模様も違って、性格もそれぞれでした。

今のりんごは紅茶をよく淹れてくれました。
同じ茶葉でも、カップを毎回変えて、取っ手をこちらに向けて出してくれました。
老人は死んだ虫を見た時のように、ほどなく納得して、
紅茶をすすりました。
が、ぴたりと飲むのをやめてしまいました。
老人はりんごをじいっと見詰めました。
老人はとても不思議に思いました。
不思議で不思議で、わけがわかりませんでした。

りんごは今日も現れます。
老人は今日も不思議でした。
りんごは今日も紅茶を出しましたが
老人は今日も飲みません。
今日の紅茶は茶葉を変え淹れ方も変え
香りもずいぶん違う筈ですが
老人は一口も飲みません。
屋敷にある紅茶はもう別のものがなかったので
りんごは庭をまわり
カモミールを摘んで、ガラスのポットに入れ、お湯を注ぎました。
でも老人は飲みません。
ローズティー、緑茶、ココア、コーヒー。
老人は飲みません。

老人はそうやって何日も考えていました。
大好きなれもん水が出た時も、老人は手を付けませんでした。

ある朝老人が目覚めて、庭に出ると
りんごがいました。
しかし、違いました。
老人は注意深くりんごを観察しました。
老人の顔はだんだん青ざめていきました。

老人はりんごを探しました。
果樹のそば、草木の下、屋敷の中、ポストのすみ
さがしてもさがしても、見つかりませんでした。

老人の乾いた目から、涙がぽろりとこぼれました。
星が出て、風が強く吹きました。
りんごがいました。
さがしていた昨日のりんごとは違う
今日、はじめて会ったりんごでした。

老人はりんごをぎゅうと抱きしめました。