孤独を開き直れる年齢でもないし、無礼を許容できるほど成長してもいない。本当に齢だけ取っていくものだ。ソウルメイㇳ

私は育成室の扉を開け、ライトに照らされたその姿を鑑賞した。
そそり立つ緑の宝石……我がアスパラガス。
三年の時を経て遂にこの姿を拝めるようになった。

種を購入し水に一晩浸け、ポットに播いたあの日。土も少しいいものを選んだんだ。芽が出てきた時は本当に嬉しかった。
あの可愛らしかった坊やが今やこんなにも立派に育ってしまって。

私が生きた三年間を考えると暗澹たるものがあるが、このアスパラガスを見ると、私も大きく成長した気分になる。
私はアスパラガスを立派に育て上げた男なのだ。

この日の為に購入した園芸用の鋏でアスパラガスを収穫する。ひとまず三本収穫する。
この日の為に作っておいたギーを冷蔵庫から取り出す。

下手に仕事をするより、日々に手を掛けることを選びたい。どうせ殆どが自分でできることだ。ならばわざわざ手数料を付加して他人を使役するより、自分で直接やった方が手間もないし、素直だ。

本を開く。アスパラガスのオーブン焼き……全てはこの一冊の本から始まったのだ。何気なく図書館で借りた本の中に書かれていた、このレシピ。洗濯婦の婆さんが息子の命日に、彼が大嫌いだったこの料理を作るのだ。バダーの塊とアスパラガスをオーブンに入れる、それだけ。アスパラガスには辛抱の時間だが、私は焦げないようにだけ注意を払って待つだけだ。

ソファーに沈み込んで時計を見る。五分経ったら覗きに行こう。
家を眺める。
石造りの家は一度建ててしまえば、代を重ねて人々の生活に連れ添ってくれる。私のような自堕落者には一生涯かかっても造ることができない、この立派な家で今日も眠ることができる。このオーブンだって、日々焦げを取って、不調が出たら部品を取り換えるだけでいい。有難いことだ。もし私が野に放り出されたのなら、穴でも掘って暮らすのが関の山だろう。

こんなに大きなものに囲まれているのに、当の私と来たら余りにも小さいものだから、その空白に言い様のない寂しさを時折感じる。
ペットでも飼えばいいかもしれないが、私にそういった管理能力はない。

数年前に絶縁した友人を思い出す。彼の嘘や無礼が私には許せなかった。しかし今思えば、ただ私の前だけでそうなっていたんだ。彼は注意深い管理が必要なデリケートな犬を飼っていた。二世帯住宅で年頃の子供も三人持っていたし、仕事も週五日こなしていた。そういう勤勉な人がふと私のような人間のもとで、普段の自分を脱ぎ捨て羽休めしたくなるのも理解できる。彼の不義理は膨大な義理を果たした先の外れ道にある。しかしそんなものに勝手に組み込まないでほしかった。
そういう人さえ拒絶したのだから、誰も寄り付かないわけだ。

全く構わない、と開き直れる年齢でもない。しかし無礼を許容できるほど成長してもいない。痩せていくだけの肉に吹きすさぶ風が冷たい。本当に齢だけ取っていくものだな。

「ふっ」

目の前の皿にはギーで焼かれ胡椒を振られた美しいアスパラガスが横たわっている。
無駄と承知でナイフとフォークを用意した。そのうちフォークだけになるし、生のまま素手でかじる日もあるだろう。でも最初は肝心だ。

ドン!

「……」

ドッドッド……

何の音だと思ったら扉から聞こえてくる。取り立てか? しかし借金などした覚えはない。この辺に住んでいる中毒者だろう。こんな時に。
しかしこんなことで折角の食卓を台無しにする狭量な私ではない。人生のこのような場面は度々経験してきた。今更こんなことで気分は乱されない。しかし居留守は使うことにした。

音は段々とビートを刻み始める。人の家の扉で刻まないで欲しいが、単なる騒音よりは気分が良いのは確かだ。何より自分の騒音を特等席で聴かなければならない本人にとって自然な選択であると言える。しかしこれが目的と化した日のことを想像すると不快さが一層勝る。
音が止まった。代わりに声が聞こえ始める。

「おーい、おーい」

うるさい。おーいって何だ。仕方がないから立ち上がる。

「ジイさ……おっさん! 僕だよ、僕! チョコレート持ってきたからさ、コーヒー……」

扉を開けるとあの青年がいた。何週間ぶりだが、相変わらずの脱力とファッション。替えがないのか。

「あれ? いい匂いしない」
「気のせいだ」
「くれ」
「嫌だ」
「また! けち!」
「……」
「あっ……ごめんごめんごめん、また今度にするね!」

青年は急に謝り倒して帰ってしまった。
私は扉を閉める。洗面所へ行く。
鏡に映った自分を眺める。

「……」

アスパラガスの頭ひとつくらい、やれば良かった。

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ソウルメイㇳ