絵

無数の照明は一つ一つ弱々しくひかり、大きな空間を柔らかい肌色で満たしました。
鈴木は一枚の絵の前で足をとめました。
背丈の倍もあるその絵は、一面黒で満たされていました。
鈴木が鼻を近づけると、インクが混ざったいくつもの匂いがしました。雨の日の新聞紙のしけった油っぽい匂い、ペン先をボトルに浸してがりがりと文字を書いたときの金属の匂い、教室で窓を開け放った時の油性ペンの匂い、古い漫画本のかびくさくて甘い匂い。
紙面に目をすべらせると、無数のクレーターが雨粒のようにひろがっていました。くぼみの中で黒く絡む繊維が、てらてらぬめぬめと蠢いて、鈴木は目を閉じました。
暗くなった視界は蠢くのをやめて、静かになりました。しかし残った水のあとがきらめいて、遠く雨音が迫りました。
鈴木が目を開くと、目の前に濡れ光るアスファルトがありました。いくつもの波紋が輪をつくっては輪を消し、繰り返し繰り返し円をつくっています。
水の膜が持ち上がって、ぷっくりと水ぶくれが浮かびました。ぷうぷうとあっという間に大きくなって、茶色の水ふうせんになりました。そして、いぼがびっしりとならんで、手足が飛び出し、口がさけ、ころんと目玉がふたつ実って、牛蛙になりました。
目には黒い水たまりが浮かんでいました。金色のふちをもった、美しい水たまりです。
つうと黒いインクがこぼれて、牛蛙が飛散しました。泥が飛び散って、肉片が線路の錆に張り付きます。
轢き千切れた蛙の泥に汚れた内臓の鈍いろが、内臓の凹凸にそって流れていく雨粒が、鈴木の瞳にはっきりと映りました。
画面は流れ、消炭に戻りました。
